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happy swedens dagbok

北欧スウェーデン・ダーラナ南部に住むhirokoの 自然とアンティークに囲まれたほっこりした毎日をつづります。
悲しい出来事(長文失礼します)
久しぶりにこっちに書きたいことがあるので、書いています。
久しぶりの記事がこんな悲しい内容になってしまって辛いかぎりですが、
私のサイトで「ダーラナの毛糸」として扱っていた毛糸を紡いでいた
ダーラナの家族経営の紡績所が、閉じてしまいました。
ダーラフローダにある、宝石のような場所。
ヴォールステッズ羊毛紡績所。

1月の下旬に「破産申告」らしきニュースは見ていたんですが、
まあ民事再生法というかどこかの資金が入ったり、
または有志の人たちによる運営(ゴットランド紡績所方式)だとか、
何かの形で生産は続くだろうと見られていたので、そこまで深くは
心配していなかったのですが。

管理会社が全て持って行って売り払ってしまったのが2/25だった、と
いうのを昨日知りました。
もう、ショックで、、、、、、
ショックすぎて、、、、

工場に残っていた毛糸を定価で全部買い上げても何もならない
(第一ワタシ独りにそんな財力ないし)というのはわかっているのですが
それにしても、、、という感じで管理会社には怒りを覚えます。
ヴォールステッズの最後の毛糸と知ったら倍の値段でも買う人はいくらでも
いたでしょうに、叩き売りみたいな値段だったことを後から知りました。

ダーラナのみならず、スウェーデンを代表するほどの紡績所で、
今や英国や南半球から廉価な羊毛が入ってくるのに対して、最後まで
スウェーデンの固有種の羊毛にこだわって物作りをされていたのに、
残念どころか悔しくて仕方がありません。
糸の艶、風合い、膨らみ、という表情は他の糸とは一線を画していて
毛糸の質を見極める本当の芸術家たちにものすごく支持されていたのに。
スウェーデンのウール業界にとっても車輪の中央のボルトが抜けたように
大変なことだと思います。これからどうなるんだろう。
どうにかして続く方法は無かったのか。。。
クラウドファンディングとかの、資金面での援助の可能性は、、、
考えてももう後の祭りでしか無いのですけど。

不思議なのは、破産申告、、と書きましたが、そういう雰囲気が全く
なかったのです。注文はどんどん入っていたし、アウトドアメーカーの
Fjällrävenから大量発注があったはず。「これで数年安泰だよ」とおどけて
教えてくれたのはほんの半年前だったのです。その日はヴォールステッズの
まさに100周年を迎えた記念の夏の日で、何もかもがキラキラとしていて、
一族だけの前夜祭には遠い親戚まで辿ってなんと100名以上が庭に集まって
大BBQ大会だったの、と嬉しそうで、、、、

でも本人たちは家族総出で休日もなく働き通しだったのです。
夏に1週間ほど休んだほかは、本当に働きどおしでした。
そこへ、去る12月に今の4代目のお母様(つまり3代目夫人)が亡くなり、
おそらくそれが引き金になって、もう、何のために仕事してるんだか、、と
ポカンとなってしまったんじゃないかと私は想像してしまいます。
そういう意味だと破産と訳するよりも「廃業」ってニュアンスのほうが近い
ように思われてなりません。

近年はお母様がご存命のときでも病気や骨折などが多くなったため
現場の作業はすべて4代目の夫婦で行えるようになっておられたので、
お母様にお伺いをたてなくても糸が作れるようになったんだなあーと、
代替わりの頃から見ていた私は頼もしく思っていました。

それなのに。

実は紡績所は、3代目主人の死後に一度売りに出され、他人の経営だった
時期がありました。最後の4代目となった娘のソニヤさんは、当時
タスマニアに住んでおり、現地で知り合ったロジャーさんと結婚して
5人の子供の母親だったのです。お母様から何度スウェーデンに戻って
紡績所を継いで欲しいと連絡があっても断ってきた(ロジャーさんが
乗り気じゃ無かったらしい)のですが、一族以外の人の手に渡ったと知るや
ロジャーさんを説得して5人の子供も引き連れてスウェーデンに戻り、
4代目になろうと日々毛糸と向き合って二人でなんとか技術を覚えました。
当初はロットごとの色差がひどく、これじゃダメだと突き返したことも
ありましたが、徐々にレシピにそって毛糸を仕上げて行けるように。。。

大地のようにおおらかなソニヤと、優しくて包容力のあるロジャー。
成長した息子さんたちも徐々に運営に加わって来ていたのに。
一度、重たい荷物を下ろしたくなったのかもしれません。
スウェーデンの伝統と人々からの期待の重さ。
機械の微調整を知っていた昔からのスタッフが、引退してからも
「ワシしか見れんから」と日参していたくらい、難しい機械調整。
そして、プライベートの時間の全然取れない、連続勤労の重さ。
注文の多さも、嬉しさよりも注文を捌けない重荷に感じられていた
のかも、と思うとー。

競売では糸や原毛はおろか紡績所に併設していたブティックの棚や秤まで
が全部、破産管財人により破格で売り飛ばされていました。
色見本も、糸で編んだサンプルも全て。お店のレジスターまで。
いつか再出発してくれるのでは、、、というこちらの淡い期待も
見事に消し去るほどの徹底的な幕引きでした。

手紡ぎでないと実現しないような劇的な色合い。
最初からノールビンドニングにぴったりな糸だとすぐに感じて、
サイト<happy sweden>で紹介させてもらって。
手触りも色合いも、いかにも海外の糸!という感じで気分の昂揚する
カラフルな糸を山ほど抱えて、毎年秋にノールビンドニングのWSに
繰り出したこと。またそのため納期をやきもきして待ったこと。
ガイドの仕事で立ち寄らせてもらうと、いつも気軽に工場の中を案内して
見せてくれたこと。いろんな思い出が取り留めなく浮かびます。
心の中で大事な拠り所が消えたような感じで、寂しい。ただ寂しいのです。

しかしショックを受けている私なんかよりも、ここの糸だけを使って来た
芸術家たちのほうがもっと深刻な打撃を受けているでしょうし、
それよりもヴォールステッズのファミリーが一番ショックなはず。
工場は閉めても、彼らの人生はまだまだ先があるのですから。
スウェーデンに残るのか、はたまたタスマニアに戻るのか。
ウールに関わる仕事をするのか、全く別世界に行くのか。
彼らのこの先に光があることを願ってやみません。

PS. 競売は終わっても、工場の機械は売りに出てないことから、
私はまだ1%の可能性を信じてるんですけどね。










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