happy swedens dagbok

北欧スウェーデン・ダーラナ南部に住むhirokoの 自然とアンティークに囲まれたほっこりした毎日をつづります。
さようなら、アキコ
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突然のタイトル、済みません。

先日、雪の日の最後の思い出として我が家の犬の写真をアップしたのが
悪かったのでしょうか。
今日の未明に、我が家の愛犬は虹の橋を渡って行ってしまいました。

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今までここでは「アキコ」と書いていましたが、実は本名は別にあります。
アキコ、という通称は、「アメリカンアキタという種類の犬を飼うことに
なった」と日本の友に告げた時に「それってアキコ?アキオ?」と聞かれて
「アキコ。」と返事をしたときに生まれたもので、それ以来、犬のことを
ここで書くときは分かりやすいのでアキコという名前を使ってきました。
でも今日はここでは彼女を本名で呼ぶことにします。
本名は「Rassla(ラッスラ)」といって(鎖などが)じゃらじゃら鳴ること、
という意味なのだそうです。せっかく日本由来の犬種なので日本語の名前を
つけようかと楽しみにしていたのですが、うちに来た時はすでに5歳だったので
今さら他の名前には反応しないでしょ、ということでそのままになりました。

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ラッスラは10歳半。人間でいえば75〜80歳のおばあちゃんでしたが、
表情も若々しく、散歩も大喜びでルンルンととても元気な犬でした。
そう、昨日まで。
私と娘は先に寝ていて、数時間後にさあ寝ようとした夫がラッスラの異変に
気づきました。苦しそうに、ウンウン言っているのです。我慢強くて
今までキャンとかクーンとか一度も言ったことのない子が、キューという
声を出していたので、余程のことだったと思うのですが、外に出たがるので
夜じゅう側について何度も夜中に散歩に連れて行っては家に戻り、を繰り返し
ただ夜中だったので病院にも行けず(この辺は救急もないので)、さすがに
寝ずの看病に疲れた夫は朝になったら病院に連れて行こうと思って、ほんの
2時間ほど眠ったのだそうです。
私の方が先に目覚めて、いつも寝ているベッドに寝ているラッスラを見て、
寝ている体勢が少しおかしい(頭が少しダランとした感じ)に驚いて、、、
それからは家族3人で大号泣です。
ラッスラを溺愛していた夫は、直前まで一緒についていたのに、なぜ最後まで
起きて一緒にいてあげなかったのかと悔いて泣き続けていました。ラッスラの
苦しみ具合から、これは尋常じゃない、死ぬかもしれない、と思ったそうです。

私と来たら、夜中に夫が「ラッスラ病気みたいだから今日は彼女のとこで寝る
から」と言いに来たのですが、そんなに差し迫ったトーンでもなかったので
ふーん病気かあ、と思ったくらいでまた寝てしまっていた呑気な私。
夫が寝る時にバトンタッチして看てあげればよかった。
(てか、「ラッスラ病気で死にそう」って言ってよ>夫。。。)

まさか、まさかの死でした。
これから年をとって行って、寝たきりになったら大きい犬だからどうしようとか
ゆっくり衰弱していくのを数年かけて見るものだと思っていたので、
昨日まで一緒に散歩に行ってたのにもう動かないなんて、なんだかポカーンと
してしまいました。

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後から調べて見て、おそらく「胃捻転」と言われる状態で、救急病院に即刻
行かないとほぼ数時間で死に至るという症状だったらしい、とわかりました。
お休みの日の、夜中で、救急病院もない田舎で、どうしたって死ぬしかない
事態だったとは解っていても、死ぬかもしれないと気づいていたのに、一人で
逝かせてしまった、、、と悔やんでも悔やみきれない様子の夫。

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庭の隅に、大きな大きな深い穴を掘って、ラッスラをいつもの毛布でくるんで
寝かせてあげました。夫は未開封だったとっておきの山崎ウイスキーを開け、
ラッスラに1杯と自分も1杯だけ飲みました。最後に上に大きな石をたくさん置いて
キャンドルを一晩中灯しました。夫はデッキチェアを持って行って、暮れていく
中を何時間もそこで座っていました。夜になると、空っぽになったラッスラの
ベッドの前の肘掛け椅子に座り、瓶に詰めた最後のブラッシングのラッスラの毛を
傍に置いて、じっとしていました。

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どんなに私が毎日散歩に行こうがご飯係であろうが、ラッスラの最愛の人は
出会ったその日から夫でした。
日本種の犬が欲しいなあー、柴とか。と言いながら犬を探していた私たち家族は
仔犬の高価さに驚きながらいまいち どの犬を飼うか決められずにいたのですが、
ある日なんと「売ります・買います」のサイトで、成犬のアメリカンアキタが
売られている広告を見つけました。仔犬の3分の1の値段で、おまけに地元で。
犬を買うために遠くの県まで行ったりする人がいるくらいなので、地元で
犬が買えるなんてラッキー!とすぐに下見に行きました。

元の飼い主さんは若い夫婦で、もうすぐ1歳になる男の子がいました。
(この方達もヨーテボリまで仔犬のラッスラを買いに行かれたそうです)
ご夫婦ともに犬をとても愛しておられたのですが、ちょうどつかまり立ちを
始めた男の子が、ぐっとラッスラの鼻先を手でつかんで立ち上がった時に
うう〜っ、と低く唸ったのを見て、今だけは息子を優先しなければいけないと
判断して、苦渋の決断で愛犬を手放されるとのことでした。
近くに住んでいたこともあって、この次どんな家に住むことになるのかを
見に行かせてほしいと言って来てくださるくらい、良い飼い主さんでした。

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初日のラッスラ。当時5歳だったウチの娘の腰あたりまであります。
同い年生まれで誕生日が1ヶ月違いの2人なので「うちには日本とのハーフの
5歳の女の子が2人いるんです」と良く言ってました


ラッスラは瞬時にうちの夫を好きになり、我が家に到着したご一家とお茶をして
いるときにはすでに、前の飼い主さんではなく夫の足元に自分の場所を決めて
寄り添うほどの懐きぶりでした。犬と人の一目惚れってあるんだ、って感じで。
犬が本当に慣れるまで、お試しで1週間、、、という話でスタートした
我が家でのラッスラの生活。1週間どころか、1日目で「もう大丈夫だな」と
誰もが思うほどに我が家に馴染んでくれました。

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ぎゅー。と、ちゅう〜。

1歳児に多くの時間を割いていたご夫婦よりも、私たちの方がひょっとすると
一緒に遊んであげる時間が多かったのかもしれません。
「大人しくて、ボールや棒を投げても遊ばないんですよ」と聞いていたのに、
ラッスラは砂浜でボールや棒を一生懸命追いかけて遊びました。
雪が大好きで、大雪原を猛スピードで駆け回って私達をハラハラさせました。
田舎で救急医もないような不便な場所だったけれど、そのぶん広々とした
場所でたくさん遊ばせてあげられたかな、と今は自分たちを慰めています。

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身長、体重ともにラッスラの勝ち

嬉しい時や甘える時も「クウ〜ン」などと声を出さずに、じっと見つめるだけの
とても静かな子でしたが、他の犬への対抗心がすごく大変だったことも。
近所の犬は軒並みラッスラに一撃をくらって制圧されてました。。。
それぞれのお宅をやんちゃ息子の親みたいにお詫びに回ったものです。

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10歳半になった2人。娘だけ、大きくなりました

超・溺愛で相思相愛だった夫や甘えん坊の娘に比べると、私のラッスラへの
愛情はわりにドライでした。
はいはい、ご飯ね。あ、また散歩の時間。
もう帰らなくっちゃ、犬の散歩があるから。
そういうことを、どこか淡々とこなしていたような部分もありました。
私の泣き顔を見た夫や娘は少し驚いたような目をしていた気がします。
「ママが泣くと思わなかった」という感じだったのかもしれません。

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やや義務的にではあったけどラッスラと春夏秋冬と一番長い時間を一緒にいたのは
私だったのかなと気づかされました。夫と娘が学校に行き、家に1人になってみて
から押し寄せる寂しさに今、戸惑っています。困ったな。寂しいや。
気がつくといつも寝ていたラッスラのベッドに目を配っている自分がいます。
今日、午後から暑くなるってさ、サンルームの窓を開けなきゃ、、、ああそうか、
もう「暑くなるから開けてあげよう」とかしなくていいんだ。涙。

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外のベランダが大好きで、氷点下でもここがお気に入りスポットでした

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もう糸巻きのときの相棒が居なくなっちゃった

ちょうど抜け毛のシーズンが始まり、やれやれまた抜け毛だわ、なんて
思ったりしてごめんね。毎朝雲海が漂うような床を掃除していたのに、
もうあのふわふわの毛は落ちてないんだね。
雨の日も風の日も大雪の日も「あーあ」と思いながら散歩をしてたけど、
あれがなかったらどんな激メタボになってたか。私が連れて行ってたんじゃ
なくて、ラッスラが私を散歩させてくれてのかもだなあ。

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ラッスラが死んで、翌日はダイヤモンドダストのような細かい雪が降り、まるで
「千の風になって」の歌詞のダイヤの雪みたいだと思いました。そしてそれが
いつしかあられになり、そして気がつくと大きな雪片が音もなく風に舞っていて、
ラッスラの胸のところの白いホワホワの毛が天から落ちてくるようでした。
その雪を見ているだけで、涙がこぼれました。その次の日も、雪は降りました。

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私にとって初めての犬でした。
人生のちょうど残りの半分を我が家で過ごしたラッスラ。
愛する人(ウチの夫)にも出会えて、幸せな後半だったかな。


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もうすぐVitsippaの咲き乱れるいつもの場所へピクニックに行こうと
思っていたんだよ。今はお空で大好きな弾丸ランニングをしているかな。





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エラいこと
最初にお詫び申し上げますが、今回、長いです。写真ないです。


12月25日のサイトアップをお休みしていたので、1月の25日に向けて、
「テーマは何にしようかな〜」と考える時間が結構あったワケですが、
いざ明けてみるとショボ、、、いえ、ささやかな品数のアップになって
しまったのには理由がありました。


前回のブログで書いていた、姫のスケート教室。
教室のお時間の他に、自由に滑っていいフリーの時間というのがあり、
そこでは親も一緒に滑っていいのです。
私がスケートしたのなんて神戸のリンクで何十年前よ?ってくらい
だったのですが、じっと座って見てるのも寒いし、近くで見たいし、
写真も撮りたいしーーーということでリンクに入りました。
利用がタダだと言うので、欲が出たのかもしれません。
まあ娘を見ながら、オットが指導している横に一緒に居ただけで
マジ滑りする気はなかったので、尻もちくらいはつくかもなあー、くらいの
甘い気持ちで(そうです、ノーヘルだったのです。良い子はマネしないでね)
氷の上に立っておりましたら。

「うわーん、止まれないよ〜」と10歳くらいの女の子がこちらへ
ふらふらと滑って来ます。私だって止まる技術は持ち合わせていません。
こっちも一応娘に付いて行くべく軽く滑ってたものですから、
ある程度のスピードが出てて、「ぶつかる!」と思ってよけようとすると。


スッテーーーーーーーーン


・・・・後頭部を痛打。
頭、割れたかと思いました。。。。。
尻餅でワンクッション置いてるから衝撃が軽いかと思えば、逆に
尻餅のあとで加速して打ち付けたみたいな感じだったかもしれない。

「大丈夫か?」
「うーん・・・でも帽子かぶってたから」
「そんなもん、一瞬でふっとんで、こけた瞬間は被ってなかったデ」
・・・自分のヴォリューミーな髪の毛に初めて感謝した瞬間。

いや、しかし痛い。痛いようーー、ズッキンズッキン、目が回るうー
なんだか、目が開いてるのに何も見えてない感じ。ふらふら。
壁や時計を見ても視線が1秒くらいしか定まらないのが自分でわかる。
頭がぐわんぐわんしてる。

「これ、着用して」
とヘルメットを持って来てくれる人。遅いがな。
もう、滑るワケないのに、、と思いつつサイズだけ合わせてみる私。
とりあえず、今日はもうおとなしくしておこう。

姫とオットが滑り終えるのを待って、スーパーで買い物をして、家に
帰って来て、コートを来たままとにかくソファに倒れ込みました。

2時間ほど、とにかく眠り続けて、目を覚ましました。特大のタンコブ。
いっっ、痛いようーー、頭ズッキズッキするーーーー!
「とにかく頭痛い、半端じゃないよー」と泣き言を言うと、オットが
「いやしかし2回目こけたときはどうしようかと思ったよ」


え。



2回目・・・


「うん、持って来てもらったヘルメットを被ってさ、氷の上にふらふらーと」


へっ。


「こっちも、『うわ、出て来て大丈夫なんかな?』って思ってびっくりした」


私、今それ聞いてびっくりした。
記憶がない。のに、滑ってたって?

「うん。それで、またステーーンと転んで。でも今度はヘルメットしてたから
まだこっちも安心だったけど、それにしても危ないやろ」


危険、危険、だって夢遊病者みたいなもんでしょう。覚えてないなーしかし。


「スーパーは?私車の中で待ってたんじゃないの?」
「いや、郵便出すからって言って、一緒に降りて、ちゃんと郵便コーナーの
列に並んでたよ」
「私、ちゃんと荷物出したかな」
「多分ね」

大丈夫かな。webショップの荷物なのに、切手足りてたかな。
その後は?

「レジのある近くでぼーっと立ってたよ。僕たち待ってたんじゃないの?」


覚えてない、、、、、


ということで、どうやら脳しんとうを起こして、倒れたあとの2時間ほどの記憶が
見事に消えておりました。頭は本当に割れそうに痛くて、とにかく目と脳を
休ませなければということで、1週間PCも開かずテレビも見ずにもっぱら寝ておりました。

ここまで読んだ皆さんは、「病院行かなきゃダメじゃない!」と思われたと
思いますが。ここがスウェーデンの微妙にアカンところ。
病院は、いきなり行けないのです。電話が先。

日本だと風邪でも歯痛でもいきなり病院に行ってもとりあえず受付してもらって待っていれば、予約の患者さんのあとで診てもらえますよね。
スウェでは、まず地元の診療所に電話して(大病院にいきなり電話も不可)、
予約をさせてもらってから診療してもらえます。大病院は診療所からの依頼が
ないと診てもらえません(もちろん交通事故とかはこの限りではない)。

だいいち、今までの経験でも、診てもらえた試しがなくて、
*食あたりになった(ええ、なったんです)とき>電話で「ああー、それなら、水1リットルに対して塩をXXグラムと砂糖XXグラム入れたのを飲んで寝とくといいですよー」
(それってスポーツドリンク?と思って自宅にあった粉末ポ◯リを作って飲んで寝てました。。。)
*インフルエンザになったとき>「ああー、それインフルエンザですね。7日くらい寝てたら治りますよ」
と、電話対応だけで診療してくれないんです。
実家の母に「可哀相に、風邪になっても薬もくれないのね」と哀れんでもらいましたが、ほんとその通りです。

実は脳しんとう、1年前にもやってるのですが、その時は今回よりもっと辛い状況だったので、思い切って地元をすっ飛ばしていきなり大病院のほうへ電話をかけてみましたら。

「地元の診療所にはかけたの?」と怒られました。・・ここ、怒るとこ?

だって、地元の診療所にはMRIとかCTスキャンとか無いから、と言うと、
「それなに?」(頼むよ。。。)
ええと、ほら、レントゲンみたいに頭の中が輪切りに見える
写真撮るやつですよ、頭の中身がハムみたいに、、、、

「ガチャン」

電話、切られました。happy swedenっていってもこんなもの。
きっと、「頭の中がハムみたいに見える」あたりで頭がおかしいと思われたの
かもしれません(それなら余計に診察してほしい笑)。
MRI知らないってのも問題だし、第一こんなことで激昂して電話を切るような
人を電話取りに置いといていいんですかね。
死んだらアンタのせいだ。

と思いながらひたすら寝て安静にしておりました。
で、結局どうもなかったんですけどね。
その時のことがあって、今回脳しんとうになったときに「うーん、前回のよりは
マシだな」と判る自分がおりました^^;
ということで、今回は診療所に電話もせず、とにかく薄暗くして寝室でずーーーーーとひたすら寝ておりました。いくらでも寝れるのも怖かった。
毎晩「明日、目あくんだろうか」って思ってました。

ということで、非常に長い言い訳でしたが、PCからしばらく離れておりまして、
またその後もなんとなく頭痛や頭の重〜い感じが抜けなくて、シャキシャキと
作業できなかったんです。
アップを諦めることも考えましたが、出来る範囲のものだけ載せるなら、と
(ココが個人経営の良い所♪)少しだけご紹介したと言う訳です。

はあー。長い長い言い訳&病院の愚痴を聞いて頂きまして、
ありがとうございました、スミマセンでした。
もう今は元通りピンピンしてますので〜〜〜

あ、ちなみにスウェーデンで病気やケガでどうーーーーしてもすぐ診てもらわなければならない時は、、、迷わず「救急」の受付に行くんですよ♪

さあ、2月25日は何テーマにしよ。。。。













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